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週刊 新選組!!!

第二十八回「新選組の市中取締の拠点」

[2012年1月23日]

▲新選組の市中取締の拠点【沖之口役所跡、現・函館市臨海研究所】

 

蝦夷島仮政権で病院掛を務めていた小野権之丞は、

その日記の明治234日の条で次のように書き記している。

 

土方歳三から手紙が来たので、即刻、土方宿所の丁サ(ちょうさ)に

向かったが留守だった。陸軍奉行添役の佐久間悌二を訪ねた後、

再び丁サに立ち寄ったが、やはり不在だった。

 

残念ながら土方が小野に宛てた手紙の内容はわからないが、

同じ34日、元桑名藩主の松平定敬を帰国恭順させるために

箱館に滞在中の酒井孫八郎が丁サの土方を訪ねて面談していることから、

この件についてと推察できる。

 

2度も丁サを訪れて、なお土方に会えなかった小野がとった行動。

それは新選組の屯所だった称名寺に向かうことだった。

丁サにいないならば、称名寺にいるのだろう、との判断だ。

改めて土方歳三と新選組の繋がりを確認させてくれる。

 

なお、称名寺でも土方に会えなかった小野はやむなく翌日、手紙を送った。

 

丁サから称名寺までは200メートルほどの距離にあったが、

称名寺から200メートルほど坂をくだったところに、

市中警備を任務とする新選組の拠点になっていた沖之口役所があった。

 

沖之口役所は船舶の取り締まり等を担当する機関で、

新政府軍スパイの記録によれば、隊中美男五人衆のひとり、

山野八十八(やそはち)らが警備にあたっていた。

山野は新選組がいまだ壬生浪士を名乗っていた文久36月ごろに入隊し、

沖田総司の一番組に所属したこともある古参の隊士だ。

 

明治元年末から半年、箱館は土方歳三と新選組の街だった。

 

 

 

 

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