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週刊 新選組!!!

第二十六回「土方歳三の宿所(2)」

[2011年12月28日]

▲いまの市電通、大町4丁目の海側にあった大津屋跡

 

土方歳三の箱館での宿所だった丁サ(ちょうさ)は、

土方歳三の戦死に立ち会い日野でその状況を語った沢忠助の聞き書きにも、

土方歳三が万屋(よろずや)に「下宿在罷(まかりあり)」と記され、

前々回で紹介した明治21月ごろの新氏政府軍スパイの記録にも登場する。

 

 

ただ、スパイの記録は、丁サにいたは土方歳三ではなく松沢乙造としている。

松沢は慶応3年に入隊の新選組隊士で、

慶応43月の流山事件後、近藤勇の救出のために

江戸に入った土方歳三を援助するため島田魁らとともに

新選組本体から離れて土方と行動をともにしている。

おそらく箱館では土方歳三の付属として

丁サで土方の留守番していた様子をスパイに探索されたのだろう。

 

 

丁サにおける土方歳三の様子を伝える記録は多くないが、

それを垣間見ることができるのが、酒井孫八郎の日記だ。

 

 

桑名藩士の酒井は、桑名本国がすでに新政府軍に恭順しながらも、

脱走軍に参加している元桑名藩主で

京都所司代の松平定敬を恭順帰国させるために

明治元年1224日に箱館に到着している。

 

 

宿をとったのが、丁サと同じ大町(おおまち)の大津屋だった。

松平定敬を箱館から連れ出す交渉のため、

29日夜と11日夜に土方歳三が大津屋に酒井を訪ね、

6日には酒井が丁サの土方を訪ねている。

 

 

酒井が定敬とともに箱館を出港するのは413日のことだ。

 

 

次回は新選組の箱館屯所についてです。

 

 

 

 

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