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週刊 新選組!!!

第二十三回「海上から寒川、山背泊を巡る(1)」

[2011年11月14日]

 

 

▲大鼻岬から立待岬を望む

 

前回までで箱館戦争が終わりましたので、今後は時間を少し遡って、

土方歳三の二股口からの帰還後から五稜郭からの出撃前までを

扱っていく予定ですが、その前に先日、

函館山の寒川と山背泊を海上から巡ってきましたので、

そのレポートをお届けします。

▲大鼻岬から寒川を望む

 

明治2年5月11日の早朝、新政府軍が箱館急襲作戦の

上陸場所とした函館山麓の寒川と山背泊。

山背泊は箱館の中心だったいまの「西部地区」から

海岸を南下して到達できるが、函館山の背面に位置する寒川はそうはいかない。

崖が行く手を阻むからだ。

函館山から下る方法も取れなくはないが、寒川、山背泊ともに

その地勢を見るには海上からが一番と船をチャーターしてみた。

 


 ▲寒川

 

観光地として有名な立待岬方面から函館山沿いに進み、

寒川そして山背泊に至るルートをとった。

  

立待岬は函館山の南東に位置し、南端には大鼻岬がある。

その間、垂直な崖がそのまま海に落ち込んでいる。

 

▲住居跡の石垣

 

大鼻岬を回り込めば、寒川が見えてくる。

山の斜面下に細長く貼りついた幅の狭い平地だ。

驚くことに昭和29年の洞爺丸台風で

土砂崩れの被害を受けるまでは人が居住していたといい、

いまもその住居跡の石垣、段々畑の跡、

その背後には植林された杉林が残っている。

 ▲段々畑跡と杉林

  

次回も続けます。

 

 

 

 

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