
[2012年2月12日]
先日、日本列島を寒波が直撃した。
そんな寒い時期にピッタリな噺といえば、「芝浜」だ。
だが、ピッタリな噺なものの、2月過ぎにもなれば聴くことはほとんどない。
季節柄、年末の噺である。
話は2ヶ月ほど前に遡る。昨年末。
上野・鈴本演芸場の年末特別興行で行なわれた「芝浜を聴く会」。
10日間興行で、日ごと主任を務める師匠方が「芝浜」を高座にかけた。
中でも注目なのが…9日目に主任を務めた柳家権太楼師匠。
そして、大トリの10日目に主任を務めた柳家さん喬師匠である。
9日目に登場した権太楼師匠。
この師匠のイメージを、一言で言うならば……“豪快!”である。
貪欲なまでに、噺の隅々にまで爆笑を行き渡らせていく。
だが、「芝浜」ではそんな雰囲気を完全に封印。
言葉ひとつひとつ、魂を込める。
「つれぇなぁ………やめてしまおうかなぁ〜こんな商売」
魚屋の魚勝が、寒さに耐えかねて口にする一言。
この一言からも、時期的な寒さを感じることができる。
「芝浜」とは、魚屋の魚勝が女房にせっつかれ、
芝の河岸に行って、革の財布を見つけるところから噺が始まる。
大金の入った財布を手に入れた魚勝は、近所の友達を呼んで、どんちゃん騒ぎ。
だが次の日の朝、女房から衝撃の一言を告げられる。
「お前さん、夢でも見たんじゃないのかい?」と。
信じられない魚勝は、何度も女房に問い詰める。
「お金がほしい!お金がほしい!……そう思えば、そんな夢まで見るの?」
「何言ってんだよ……俺は芝の浜で…」
「だからさ!芝の浜なんて、いつ行ったんだい?」
「……おらぁ、芝の浜に確かに…」
「しっかりしとくれよ、お前さん!」
女房が亭主・魚勝に一世一代の嘘をつく説得力の凄み。
そんな女房の必死の説得に、魚勝は…。
「……酒やめる。お前、俺を助けろ!
助けろ!助けろ!助けろ!…………助けろ!」
「助けろ!」と何度も何度も女房に懇願する魚勝。
男が頭を下げ、そして立ち直ろうとする姿。
権太楼師匠と魚勝が重なり、泣き所の場面の一つである。
3年の月日が流れ、女房があの時、自分は嘘をついたと魚勝に告白する。
「夢じゃなかった」と。
「おめぇ、見てただろ?みっともねぇ姿を……ずっと騙してたのか?
俺の気持ち、知ってただろ?死にてぇくらいの気持ちを……てめぇは……!」
大好きな酒も絶ち、男のプライドも捨てて、女房に頭も下げた。
それだけに、嘘をつかれていたという告白は、魚勝に怒りを芽生えさせてしまう。
「私だって辛かったんだよ!」
魚勝の怒りに応えるように、女房もまた、これまでの思いのたけをぶちまける。
「もういいっ!お前さんが乞食になるなら、
私も乞食になるって決めたんだ!だから(財布)出したんだ!」
どんな状況になっても、この人に一生ついていく。
そう固く誓った女房の決意。
権太楼師匠のハートフルで強い口調のおかげで、ズシッと響いてくる。
「頭上げろ。あの時の俺なら、この金すぐ使っちまって、
どっかの軒先でのたれ死んでしまってたかもしんねぇ。
けどよ、こうやって新しい畳の上で、
新しい年を迎えられるってのは…お前が夢にしてくれたおかげだ」
魚勝が告白する、女房への感謝の言葉。
まぎれもなく、夫婦の愛と絆が強まったといえる瞬間を味わえ、そして泣ける。
毎回貪欲に、爆笑を噺の至る所に生み出す権太楼師匠が、
滑稽噺とは別に、人々の感情を震わせてくれる一席に違いない。
それが「芝浜」だ。
千秋楽の10日目に主任を務めたのは、さん喬師匠。
前日、主任を務めた権太楼師匠との芸風は、ほぼ対極といっていい。
ゆえに、「芝浜」のアプローチもまた別物だ。
「……星がキレイだなぁ。あ〜やだやだ。
なんで魚屋なんかなっちまったんだ。皆が寝てる時間だってんのによ…」
魚屋稼業への憂鬱な思いとは別に、“星の美しさ”といった、
見えない情景を見せるのがさん喬流である。
「……俺は、この磯の香りが好きで、魚屋になったんだ」
なぜ、自分は魚屋になったのか。
そういったきっかけを、“磯の香り”という背景から描く丁寧さがうかがえる。
「お前さん、河岸行って…喧嘩なんかしないでね」
「おう!わかってるよ」
「お前さん……喧嘩しないでね」
「おう…」
亭主を心配する女房。
ぶっきらぼうながら、「おう」の一言で、女房の心配を和らげる魚勝。
深い夫婦愛を見せてくれる一場面。
3年の月日が流れ、やがて女房が夢だと偽った嘘を魚勝に告白する。
激昂する魚勝に、女房は…。
「すぐに謝ろうと思ったの。だけど、だけど怖かったの。
あの頃のお前さんが、戻るんじゃないかって…。
明日言おう、明日言おうって何度も思った。…だけど、怖かったの」
肩を震わせ、涙ながらに語る女房の告白。
3年もの間、嘘をつき通し続けた苦悩。
だがその嘘は、女房の幼少時代の経験にも原因があった。
「私ね、大晦日って大嫌いだったの。おとっつあんとおっかさんが、
来る人来る人にごめんなさいって…何にも悪いことしていないのに。
だから大晦日って大嫌いなの」
本来の「芝浜」には、女房自身が過去を語るシーンは出てこない。
だが、噺をよりドラマティックに引き立てることが、さん喬師匠の技である。
行動に至った経緯や、これまで生きてきたバックボーンなど…
描かれることのないキャラクターの個性などを加えることで、噺に深みを持たせる。
激昂していた魚勝も、やがてそんな女房の告白を聞き…。
「金坊!ダメだよ、障子破いちゃ……
金坊、これが、おめぇ産んでくれたおっかさんだ。
障子に手を突っ込んで破いちまった。
まあいいや、どんどん破れ!貼り直せば済むことだ」
直接ではなく、子供を通じて、間接的に女房を許し、感謝する場面。
「芝浜」の泣きどころの一つだろう。
そう言いながら、女房の優しさに気付き、怒りを感謝に変えていった魚勝。
互いの思いが深まるシーンである。
さん喬師匠と権太楼師匠。
異なったアプローチから「芝浜」を演じた、ふたりの噺家。
そんな御二方の「芝浜」に共通するものとは、“夫婦愛”である。
「また夢になるといけねぇ」
魚勝が「芝浜」で、最後の最後で口にする言葉だ。
魚勝と女房の“夫婦愛”は、決して夢という言葉で片付けられないくらい、
深い絆で結ばれている。
柳家さん喬、柳家権太楼…ふたりの「芝浜」を聴けば、
その愛を実感できるに違いない。
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